【た】


ターボ意味無し 《たーぼいみなし》
作詞作曲奥田民生。
スタッフ全員でスタジオ内やドラムをミューティング。
サウンドを楽しむ60年代の青春。奥田はソロになってから『car songs of the year』に弾き語りを収録。かすかに笑い声もきこえる。
ユニコーン・トリビュートでは、DOPING PANDAがカバーした。
7thアルバム『ヒゲとボイン』収録。

第三野球部 《だいさんやきゅうぶ》
デーゲームの仮タイトル。

大迷惑 《だいめいわく》
作詞作曲奥田民生。
EBIの家にイタズラ電話がかかってくることを「大迷惑だよね」と話したことがきっかけでできた曲。奥田がオーケストラの演奏する動きが皆同じだということに興味をもったため、笹路プロデューサーの指揮によるオーケストラの演奏が使われている。
服部からの先行シングルとなった総天然色人事異動ソング。
言わずと知れた名曲。カバーしたアーティストも多数。PVはオーケストラと共に合成ハメコミの観客の前で歌う奥田と、オーケストラの中に混じり浮きまくりのメンバーが出演。歌のない場所で川西が歌っている。
カセットでの発売もあり、B面には奥田による適切な歌唱指導も入っている。
3rdアルバム『服部』収録。

ダウンタウン 《だうんたうん》
言わずと知れた大物吉本お笑いコンビ。もはや大御所。
ユニコーンの頃から何かとつきあいが多く、当時ダウンタウンが出演していた番組にゲストやレギュラーで参加していたことも。
PATi PATiにてダウンタウン×奥田&阿部の特集が組まれたりした。
奥田はソロになってから浜ちゃんに「春はまだか」を提供している。PVも一緒に出ている。
再始動後の特番「ドスペ2・蘇るユニコーン」でもVTRでゲスト出演し、長くつき合うコツはディープキスだと伝授した。

ダウンタウンのごっつええ感じ 《だうんたうんのごっつええかんじ》
90年代を代表する人気番組。毎週日曜8時からフジテレビで一時間枠で放送された。
週1レギュラーで放送していなかった頃から奥田、阿部が出演していた(その頃はまだ出演陣も決まっていなくて、篠原涼子とか吉田ヒロが出てた頃もあった)。
この番組からブームになったエキセントリック少年ボウイや、トカゲのおっさんや、おかんとマー君や、オジャパメンや、ゴレンジャイや、ミラクルエースや、オジンガーZや、板尾係長や、人気キャラはとめどない。
コーナー名は『民生君と阿部君』。最初はまだコーナー名もあやふやだった。

抱けないあの娘 -Great Hip in Japan-
《だけないあのこぐれーとひっぷいんじゃぱん》

作詞作曲奥田民生。
ポップなメロディに彼女が太ってしまったという悲哀を歌う歌詞。
人気があった曲で、最後のツアー「4946ツアー」でも演奏された。
「3分待ってくれ」は、奥田がカップラーメンのCMのタイアップをひそかに狙って書いたのだと言う。
2nd アルバム『パニック・アタック』収録。

竜巻野郎 《たつまきやろう》
作詞作曲川西幸一。

果たしてこれはソロ曲といえるのだろうか?石原裕次郎に込められた愛を感じよう。
歌っているのも川西といえるのだろうか…。
ファンの間では本人自身を指す言葉として用いられる場合もある。
EBI奥田阿部西川手島『UNICORN』収録。

ダ・フー 《だ・ふー》
元ネタはバンドthe WHOから。たまに川西さんがtha WHO(ダ・フー)とかかれたTシャツをきてる。
メンバーはコズモーン(Vo.&G)、エビモーン(B)、オクダモーン(Dr)で結成された、ベースとなるバンドダ・フーから、他にもオクダモーンがベース、エビモーンがドラムを担当するダ・フー||、エスニックパンクのダ・フーAFRICA(これについてはダ・フーAFRICAの項目を参照)がある。
ボーカル&ギターのコズモーン(阿部)は『教祖様』と呼ばれ、キッチンシートを貼ったギターをかき鳴らし陰気なライブを展開する。
これはツアーに組み込まれたメニューの一部であった。

ダフー 《だふー》
CSAの仮タイトル。

ダ・フーAFRICA 《だ・ふーあふりか》
2月22日(ネコの日)、日本武道館。ゲストに東京スカパラダイスオーケストラが迎えられたこの日、ダ・フーAFRICAは登場した。
「パンクはこれからアフリカだ」と何の根拠もなく民族楽器による演奏を武道館のまん中で三人かたまって始め、アフリカンビートにのせて『アベヨシハル』という歌詞をただただくりかえすエスニックパンクに、スカパラもただただとまどうばかりであった。
この日、奥田がミルクを弾き語りしているとき、EBIが愛娘香那ちゃんを抱いて登場するハプニングもあり。

タミオスペシャル定食 《たみおすぺしゃるていしょく》
デビュー前、広島のハロー白島でバイトしていた際賄い食から生まれたメニュー。
当時は本人のコメントもあった。
味はとてもおいしいらしい。

タミオのたわごと 《たみおのたわごと》
PATi PATiで連載していた奥田のコラム。通称タミたわ。
このページも含め、ほぼ毎月掲載されていた。
奥田が宇都宮美穂氏に逆インタビューをする回も。

民生の夢 《たみおのゆめ》
サルを飼って、モンキー(原付)を運転させ、わざわざ足りない金額を渡してお使いに行かせて、サルが足りない分を皿洗いして返そうとけなげに働く姿を見るのが中学の頃からの夢らしい。


【ち】


チャンガラ 《ちゃんがら》
ユニコーンの単行本。PATi PATi読者が選ぶ『好きな曲』を1位から純に歌唱指導付きで紹介している。ライブのカバー曲まで含んだ全曲コード譜を掲載し、あげく『ブルース』歌唱演奏指導CDという付録もついている。
チャンガラの意味は、広島弁で『がらくた』の意味。

長髪黒人 《ちょうはつこくじん》
ターボ意味無しの仮タイトル。
まさにそんなサウンドですね!


【つ】


『ツアーに参加できない』 《つあーにさんかできない》
腕相撲の罰ゲーム。
S.F.Wツアーに参加できないという内容でメンバーが決めた罰ゲームだったが、物理的にムリだったのでおじゃんになった。

ツイストで目を覚ませ -Twistin' in Suits '85-
《ついすとでめをさませついすてぃんいんすーつえいてぃーんふぁいぶ》

作詞手島いさむ、作曲奥田民生。
間奏のリコーダー・アンサンブルはメンバーによるものであるが、練習熱心なメンバーはスタジオの帰りに吹きながら歩いて帰ったりもした。
夢で逢えたら・バッハスタジオ(1)でも演奏しました。
2ndアルバム『パニック・アタック』収録。

月のワーグナー 《つきのわーぐなー》
作詞作曲阿部義晴。
ジョー・ブレイニーのミックス。美しい。
ラジオボイスが印象的。
8thアルバム『スプリングマン』収録。

対馬自転車泥棒 《つしまじてんしゃどろぼう》
舞監なき戦いのリハーサルでよく歌った自転車泥棒の替え歌。『髪を切りすぎた対馬、僕にやつあたり…対馬自転車泥棒』のくだりで歌う。


ツッシー 《つっしー》
本名対馬智司。最も有名なスタッフの一人。PAチーフ。
メンバーとは広島からの付き合いで、特に手島、EBIとは長い付き合いになる。ケーキの踊り食いが有名。
毎年1キロずつ体重が増えているらしい。
今でも奥田のライブに行くと、PA卓にちゃんといる。ほとんど見た目は変わっていない。

ツッシー置いてきぼり事件 《つっしーおいてきぼりじけん》
舞監なき戦いツアーにて、群山への移動中、高速道路のインターチェンジのトイレにツッシーを置いていってしまったままみんなで出発してしまったという、ユニコーン史にも大きく残る大事件。
よく語られる事件のひとつでもあり、この事件がきっかけで、しばらくツッシーは人間不信に陥ってしまった。

ツルムーミン 《つるむーみん》
8thアルバム『スプリングマン』の歌詞のクレジットの奥田のところに、このようなミドルネームがついている。
由来は定かではないが、『そんな顔してたから』『肌がツルツルだったから』という説がある。


【て】


デーゲーム 《でーげーむ》
作詞作曲手島いさむ。
「名門!第三野球部」という野球アニメの主題歌の依頼がきて、曲を作ってきたのが手島だけだった。
結局この曲はボツになり、主題歌はハウンドドッグが担当したのだが、関係者にひどく好評だったのでアルバム収録として日の目をみることに。間奏で牛や鳥と戯れているのはPSY・Sのチャカ。
これは別に『坂上二郎とユニコーン』の名でシングルカットされた。メインボーカルに坂上二郎を起用、メンバーは演奏とコーラスのみ。PVも坂上二郎メインで作られた。
3rdアルバム『服部』収録。

DJコビーの働く男コーナー 《でぃーじぇーこびーのはたらくおとここーなー》
コブクロのオールナイトニッポンコムで小渕健太郎が単独で行っていたユニコーンを紹介するためだけのコーナー。各アルバムごとに1曲ずつ生歌弾き語りでカバーし、そのアルバムについて熱く語る。その間、黒田はどこかに行っていていない。初めはディスコグラフィを熱く語るだけだったのが(強制終了されることが多かった)、演奏も入るようになった。カバーした曲は以下の通り。メディアでユニコーンのカバーを一番多くした。好き好き言っているだけではなく、ちゃんと演奏していかなくていけない、という彼のカルマらしい(黒田からツッコミを受けたのは言うまでもない)。
愛のために(コブクロと我那覇美奈との共演)、逆光、素浪人ファーストアウト、雪が降る町、命果てるまで、ツイストで目を覚ませ、ハヴァナイスデー、Maybe blue、カヌー、働く男、これが私の生きる道(明和電気との共演)、さすらい
最終回のさすらい時のみ、最後なのでたまには他の人のカバーも…と、THE BOOMの星のラブレターを二人で演奏。そのあとにさすらいを演奏し、更にそのあとに念願の奥田登場(しかし録音で宣伝)。

ディスコ 《でぃすこ》
入れなかったのは二人、
スーツを着て行った手島(東京)と、
スニーカーを履いて行った阿部(大分)。

デジタルスープ 《でじたるすーぷ》
作詞作曲阿部義晴。
アルバム「Z」からの先行シングル。『HELLO』を彷彿とさせる、ストレートなナンバー。
「三井のリハウス」CMタイアップ曲。ミュージックステーションなどのテレビでも演奏した。
10thアルバム『Z』収録。

手島いさむ 《てしまいさむ》
ユニコーンのギタリスト。本名手島勇。
広島県呉市出身、1963年08月27日生まれ、B型、171cm。
カーリーな頭が特徴的。格好はユニコーン一ロッキン。
メンバーには頑固頑固と言われ、ブーツ集めが趣味。
ハードロックな外見とは裏腹に、曲はルージーな名曲が多い。
風呂にひどく時間がかかり、シャンプーのボトルが1週間でなくなるらしい。タオルもナイロンのタオルじゃないと嫌らしい。
とある雑誌で日本の名ギタリスト5選にも選ばれたほど、テクニシャンだ!
当時はよく、がんこだがんこだと言われていたが、再始動後は食いしん坊キャラになってしまった。ブログも食べ物ばかりである。シャンブルのレコーディングではとにかくやせることが目的だったらしい。

てしまる子ちゃん 《てしまるこちゃん》
再結成した際の曲作りにおける、50曲以上ある仮タイトルのうちのひとつ。
『お金を払わないといけない』タイトル。

テッシー 《てっしー》
手島いさむの通称。山形弁ではテッス。

テッシーの頭から煙事件 《てっしーのあたまからけむりじけん》
87年の9/16、名古屋の大須にあるライブハウスE.L.Lで、照明がすぐ上についているため、手島の頭から煙が出た。
当時手島はギターソロ以外では殆どアクションをせず、仁王立ちで演奏していたので、その時もずっと仁王立ちのまま演奏を続けた。

デッド・カッパリン 《でっど・かっぱりん》
メンバーはドバット・フラント:ローリー寺西(Vo)
ゼニー・ヘイジ:奥田(G)
チンポール・ジョーンズ:八熊慎一(B)
ホー・ケーナム:古田たかし(Dr)
で結成されている。1993年8月8日、SMAちゃん祭りは福岡の海の中道海浜公園にて現れたレッド・ツェッペリンのニセモノ。マニアックなほどの完コピと空耳の歌詞でスタッフ&関係者のハートをわしづかみ、客の女の子をひかせまくりであった。
演奏曲目は「ロックンロール」「胸いっぱいの愛」の2曲。

デフィンガー 《でふぃんがー》
ケダモノの嵐の仮タイトル。

手掘一 《てほりいち》
森林のバックバンド。手島+EBI+川西で結成され、それをバックに小林君が「あなたに会えてよかった」を熱唱した。

寺岡呼人 《てらおかよひと》
JUN SKY WALKER(S)のベーシスト。
広島県出身。現在はゆずや矢野真紀のプロデュースや、ソロ活動をしている。コールマン。とてもエキゾチック。
当時、ユニコーンとのジョイントライブにて、ヨヒレノンとヨーコアベや、ヨヒビシャスとアベナンシーや、阿部ルパンと呼人次元などよくコスプレじみたことも一緒にしてました。仲よかったんだね。
MOVIE2のラストの人生は上々だにもゲストで呼人ビシャスとして飛び入り参加している様子が見れる。
ジュンスカ脱退後、『寺岡呼人とHis Friends』という名でイベントも開催、そのイベントにHis Friendsとして川西さんも参加している。
素浪人ファーストアウトをコピーしたりもしている。彼が毎年行う新年会などにも川西さんはやってきたりしている(その新年会のメンバー、藤井謙二をはじめ、ゆずやミスチル桜井などなかなか豪華なメンバー)。
映画好きでもあり、雑誌『BREaTH』で連載をしていたこともあったが、この雑誌は廃刊になった。BSの番組にレギュラーで出ている。

寺田 《てらだ》
寺岡呼人と奥田民生のユニット。たまたまユニコーンとJ(S)Wのオフの時期が同じだったということで、急きょユニットを結成。第一回目の打ち合わせはなぜかジュリアナ東京で、目標をかの麗蘭にさだめてしまった。
92年4月22日から福岡で愛のツアーがスタート。未成年は入れなかった。
扱いはアマチュアと同じ。なのでリハは町の安いスタジオを借りて行われ、楽器やアンプの搬入も自らやらなくてはなかった。
扱いは新人と同じ。なのでツアーはワゴンで回る(マネージャーは新幹線)。しかし逆境をバネにワゴンの中でもギターを弾き続け、日に日に曲は増えていった。
ツアー最終日5月24日の寺田倉庫にて、
1、アリエヌ共和国(サディスティック・ミカバンド)
2、朝日(オリジナル)
3、エンジェル(J(S)W)
4、行列(オリジナル、後に奥田ソロに使用される)
5、恋はもうたくさん(ザ・ダイナマイツ)
6、蒼い星くず(加山雄三)
7、八郎の恋はずっこけ(オリジナル、しみる)
8、僕の隣の君の寝言(オリジナル)
9、ターボ意味無し(ユニコーン)
10、眠る(ユニコーン)
11、帰れない2人(井上陽水・忌野清志郎)
12、健康(オリジナル、後に奥田ソロに使用される)
13、ベンチの老夫婦(オリジナル)
14、ゆるされぬ恋(オリジナル)
15、ディスティニー(オリジナル、作詞に奥居香)
16、ズッコケ娘(キャロル)
17、原田からの手紙-Love letter from HARADA-(オリジナル)
18、ダンス・ハ・スンダ(サディスティック・ミカバンド)
EN1、寺田・愛のブルース(オリジナル)
EN2、I WANT YOU(J(S)W)
EN3、ハローレッテル(J(S)W)
以上のセットリストで解散ライブを行い、潔くこの世を去った。
ところで、このツアーにやってきてくれたのはJ(S)Wのカズヤだけ。それも寺田倉庫に一度のみ。2人は嘆いていた。

寺田丸コジ清 《てらだまるこじきよ》
寺田・愛のツアーにて組まれたバンド。5人中4人が広島人。
メンバーは寺岡呼人(Vo&G)、奥田民生(Vo&G)、戌丸宗幸(B)、小島徹也(G)、田坂清登(Key)。

天国と地獄 《てんごくとじごく》
エレジーの仮タイトル。


【と】


東京ブギウギ 《とうきょうぶぎうぎ》
作詞鈴木博、作曲服部良一。
笹置シヅ子の名曲をカバー。ゲストにバリトン・サックスのロニー・キューバーを迎えてのセッションになった。
英語表記はTokyo boogie woogie。
6th アルバム『ハヴァナイスデー』収録。

時には服のない子のように 《ときにはふくのないこのように》
作詞作曲奥田民生。
名曲「時には母のない子のように」のタイトルのパロディはわかるが、ユニコーンには珍しい風俗もの。
ヤメマンとなった川西君のピンチヒッターとしてユンケル鼻血のドラムスである。ムシのいい男の歌でもある。
8th アルバム『スプリングマン』収録。

Dr.茶 《どくたーちゃ》
スプリングマンの生みの親。
唯一の良心の持ち主だが、飛吉が母親であるオイリーちゃんを殴った翌日、天寿を全うした。

どしたん。 《どしたん》
ユニコーンの2冊組単行本。
1冊は写真集、2冊目はインタビューや全データ、こぼれ話やバカ話など読みごたえ満載。文はすべて宇都宮女史によるもの。
このユ典も、どしたん。なしではなし得ないです。

トランスワールド・オブ・ユニコーン 《とらんすわーるどおぶゆにこーん》
ユニコーン史で最も長かったライブツアー、舞監なき戦いツアーのドキュメント本。雑誌、R&Rニューズメーカーの中田早苗氏がとことんつけまわして書かれた記事はとても見応えがある。ツアーの裏側がまるわかり、ツアーの移動日などの裏側まで、まるっと一冊のツアー本。おもしろい。
EBIのフォトギャラリーやボウリング大会のもようなど、ちょっとしたオマケもある。

Twilight 《とわいらいと》
Finalyの元タイトル。本人達もよくこの名前で呼んでいる。