【ま】


マイケル河合 《まいけるかわい》
ユニコーンを支え、大きな影響を与えた人物のひとり。ディレクターである。
ドラムやパーカッションで、楽曲に参加する事もしばしば。
マイケル鼻血、ユンケル鼻血とも呼ばれる。
再始動後アルバム「シャンブル」のDVDでもよく映っています。

前橋ラタン 《まえばしらたん》
87年9月1日、アマチュア対バン相手が試験のためキャンセルしたためお客が0人だったという伝説のライブ。しかし中止にはせず、お店のスタッフを客に12曲演奏した。
89年7月25日のハ・ムーツアーファイナルの前橋ラタンでは、ユニコーンとしてのライブということを隠してのライブにも関わらず、800人の超満を記録し借りを返すこととなった。

「まかしといてください!」 《まかしといてください》
「ブルース」におけるEBIの仕事。レコーディング時、ベース音はチューバで収録されたため、EBIの出番はなく、そのためシャウトだけの参加になっている。
走って来て、わざわざ扉をガラッとあけて叫んでいる。このシャウトは「サマーな男」でも使われている。
また、この技法はのちにPUFFYの「ジェット警察」でも使われている。

マジガール 《まじがーる》
音楽家と政治家と地球と犬の最後の方に、当時結成10周年を迎えた超大物ギャルバンPRINCESS PRINCESSのドラマー富田京子のワンフとしての一言が入っている。

まじめな男 《まじめなおとこ》
家の仮タイトル。

まちぶせ隊 《まちぶせたい》
ホテルやライブ会場などの出入り口で待ち伏せしているファンのことをこう呼んでいた。
カメラのフラッシュをたきながらこちらに向かってダッシュしてくるらしい。
原田さん「テッシーは結婚してるよー」
 ファン「キャーッ!」
原田さん「でも今夜はフリーだよー」
 ファン「キャーッ!」

マニピュレーター 《まにぴゅれーたー》
シンセサイザーやコンピューターなどのプログラムを行う専門家。プログラマーとも呼ばれる。
1stアルバムBOOMに修行中のマニピュレーターとして、阿部が参加している。

ママと寝る人 《ままとねるひと》
作詞作曲阿部義晴。
中間のギターソロは手島だが、後奏のソロは阿部。なぜだか彼のギターが一番しっくりくるということでそうなった。御珍好2にその様子が収録されている。
5thアルバム『おどる亀ヤプシ』収録。

マルちゃん 《まるちゃん》
本名円山正史。三浦さんのカメラマンアシスタント。関西弁のロック好きで無口。


【み】


三浦憲治 《みうらけんじ》
ユニコーンのメインカメラマン。魚眼レンズを使った撮影に定評がある。奥田ソロ後も関係があり、奥田とはEz展という展示会も開いた。PUFFYの撮影もこなしている。
へんなかけ声が有名。
ソラミミスト安斎肇とよく一緒に仕事をしてる。

水の戯れ〜ランチャのテーマ〜 《みずのたわむれらんちゃのてーま》
作詞作曲EBI。
ランチャとはイタリア車で、EBIが乗っている車でもある。ブログでも紹介されている。値段はピンからキリまでらしい。
歌は民生が歌っている。「これは俺が歌ってるから、さわやかに仕上がってる」と言っている。
9thアルバム『シャンブル』収録。

みのわ 《みのわ》
本名箕輪勝利。有名なスタッフの一人。解散後、ebiの在籍するARBのスタッフもしていた。

宮島哲博 《みやじまてつひろ》
ユニコーンを支え、大きな影響を与えた人物のひとり。ミキサー、エンジニアとして活躍している。
モットーは争いを避けるマン、宮ちゃんとはこの人です。HIT&RUN所属で、ソロになってからの奥田やPUFFYのレコーディングにも参加したりしています。余裕でマニアックです。HIT&RUN公式サイトには、『宮ちゃん教えて!』なるコーナーも。余裕でマニアックなので、余裕に応えています。

宮B 《みやびー》
渋谷ラママにて突如として現れたインテリユニット。(その実像はもちろん宮田和弥、阿部義晴からなる)寺田はもともと自分たちのローディーそして弟子だったと主張し、真剣に告知なしのシークレットストリートライブを行う(最高動員数は3人)。
いかにもふざけたいでたちと口調でことあるごとに寺田、もしくはインタビュアーも小馬鹿にした言い方をし、インテリぶった支離滅裂な台詞で肝心な話をけむに巻く。
代表曲『白い街角』(雪が降る町〜白いクリスマス〜雪が降る町)

MUSEE 《みゅぜ》
ヒゲとボインがリリースされる前のオフを利用し、EBIがはじめてリリースしたソロアルバム。なんとソロにも関わらずオリコン初登場2位という快挙を成し遂げる。
ムーンライダースの鈴木慶一氏をプロデューサーに迎えての制作となり、高橋幸宏氏や、作詞に森雪乃丞氏など、豪華なアルバムとなった。ブックレットもミニ写真集のように豪華な仕上がりとなっている。このアルバムからのシングルカットは、CDではなく当時では珍しいシングルビデオでの発売となった。
ソロライブは神戸・横浜・新宿の3カ所で三度だけ行われた。新宿に至っては阿部・奥田がそろって見に行ったが、ユニコーンの曲を合わせても曲数が少なく、曲の合間にすぐMCを挟んで時間稼ぎするEBIに、『MCなっげぇーよ!』とヤジをとばした。
ちなみに余談ではあるがこの頃、森雪乃丞氏と仲が良くなったEBIは、彼の影響でY's(ワイズ)の衣類を好んで着るようになる。その頃から『ワイズ』と言う呼び名が一般的であったのだが、前衛的でおしゃれな森氏が『ヨウジ』と呼ぶのをまねしてEBIもそう呼ぶようになったことに、奥田が皮肉をきかせていたことがあった。

ミルク 《みるく》
作詞作曲奥田民生。
当時まだ子どもがいない奥田が、もし生まれたらという気持ちで書いた曲(ちなみに息子もそう)。ちょうど香那ちゃんが生まれ、タイミングのいい曲。美音里ちゃんに『あの曲歌ってーや』と広島弁でせがまれて、服部ツアーの武道館で弾き語りをした。阿部のハープが秀逸。
ユニコーン・トリビュートでは、つじあやのがカバーした。
だいぶ昔のダイノジの単独ライブ「花男」で使われたこともある。
3rdアルバム『服部』収録。


【む】


MOVIE 《むーびー》
ユニコーンのリリースするビデオに一貫して使われたタイトル。MOVIE無印から11までがリリース済み。
MOVIE
MOVIE2 〜 WORLD TOUR 1989 服部
MOVIE2 1/2 (PV集)
MOVIE3 嵐の獣
MOVIE4 舞監なき戦い
MOVIE5 UNICORN TOUR 1993 "4946"
MOVIE5 1/2 (PV集)
MOVIE6 THE VERY RUST OF UNICORN VIDEO vol.1
MOVIE7 THE VERY RUST OF UNICORN VIDEO vol.2
MOVIE8 THE ANOTHER SIDE OF LIVE
MOVIE9 1/2 COMLETE EDITION (PV集)

MOVIE10 「バンドやろうぜ!〜アルバム"シャンブル"ができるまで Part1」
MOVIE11 「バンドやろうぜ!〜アルバム"シャンブル"ができるまで Part2」「"WAO!" music clip」
MOVIE12 「UNICORN TOUR 2009 蘇える勤労」
MOVIE13 「こーいちい散歩 呉編」
MOVIE14 「勤労ロードショー『人生劇場』」

以上がMOVIEの名前でリリースされている。現在、全てのタイトルがDVD化済み。2 1/2と5 1/2は、MOVIE 9 1/2で、一枚に集約されている。12に関しては、ブルーレイディスク盤も発売されている。
なお、10は再始動後のシングル「WAO!」、11はアルバム「シャンブル」、13はシングル「半世紀少年」、14はライブアルバム「勤労ロードショー〜LIVE IN JAPAN〜」のそれぞれ初回生産限定盤の特典となっている。


向井美音里 《むかいみどり》
ユニコーンの初代キーボーディスト。メンバーと一緒に上京、その際泣いた美音里ちゃんを見て、つられて泣いてしまった手島のエピソードは有名。BOOMリリース後、健康上の理由で脱退。89年、EBIと結婚、出産。BOOMではバックコーラスもよく担当し、初期PVにもその姿を確認できる。脱退後も、阿部義晴ショーにゲストで出たりしていて、音楽の仕事に携わっていた。
最近、とうとうカミングアウトしてしまった自己サイトを開設。数年後に閉鎖。


【め】


MAYBE BLUE 《めいびーぶるー》
作詞作曲奥田民生。直訳すると『たぶん青』。不倫がテーマとの噂。
当時の奥田作品の中では特に秀逸で、シングルかと間違われるほどだった。実際PVも撮り、当時の勝負曲としても使われている。カラオケでこの曲を選択するとPVが流れたりする。
GLAYのTERUがカバーしたいと言っていた曲でもある。評価が高すぎるのが仇となり、晩年のユニコーンメンバーからは疎まれていた。
1stアルバム『BOOM』収録。

救世主 《めしあ》
結成当初まだバンド名が決まっていない頃、候補だったバンド名。幸いこのバンド名は却下となるが、ユニコーンというバンド名にも奥田は納得いかなかった様子。

珍しく寝覚めの良い木曜日 《めずらしくねざめのいいもくようび 》
作詞作曲手島いさむ。ユニコーン初のただのレゲエ。プロデューサー笹路のお得意コース。歌詞は手島の心の叫びに近い。コブクロの『小渕君の犬のうた』(笹路プロデュース)がこれのオマージュともいえる。
3rdアルバム『服部』収録。

【も】